21_21 DESIGN SIGHT
21_21 DESIGN SIGHT

もう本当にぎりぎりのタイミングでなんとか観に行くことができた。

まわりでも評判の高かったこのイベント。見る人によってその「いいところ」というのが違っているのがまた興味深い。

僕としては、この“I Have an Idea”展においては、フランク・ゲーリーの言葉にひきこまれた。

自分の言葉を、それもシンプルな言葉を持っている人は魅力的で強い。

フォンダシオン ルイ・ヴィトンの模型はこちらにもある
フォンダシオン ルイ・ヴィトンの模型はこちらにもある

なかでも僕が好きだなって思ったのはこれ。

「私は人間性を備えた言葉を探していた。そして、しわこそ原始的で、どの時代の建築やアートにも共通したものだと考えた。」

しわってアートだし、美しいと思うわけです。ちょっと話しがずれるのかもしれないけれど、僕は若いだけの魅力というのがいまいち腑に落ちないところがあり、それを説明する言葉ってなんだろうって思っていた。

つまり、この一文を読んで思ったのはこういうことです。「しわだって、年だってそれが美しさであり、魅力なのです。人であれ、なんであれ」。

ひたすら手を動かしている
ひたすら手を動かしている
自宅の模型。シンプル。
自宅の模型。シンプル。

その言葉の横にあるマニフェストの言葉(しわだらけの紙に書かれている)や、フランク・ゲーリーが読み上げているその言葉もまたひきこまれる。もうラストのこの一文はしびれるよな。

まさに、その通りだって思う。僕はそれを「仕事のための仕事をするやつはつまらない人生」と呼ぶ。

「これは偉大な歴史。伝説でもあり本当のことなんだ。
この続きがどうなるかと言えば、皆が嫉妬し始める。嫉妬が彼らに努力するよう仕向けるならばいいけれど、大半は壊すためにがんばる。そこんとこが厄介。」

この言葉の反対側でみかけた一文は僕が京都に行きたくなる気持ちが盛り上がることに値するものだ。

「龍安寺が持つ秩序に魅せられたのは、パルテノンよりもずっと以前のことです。そして、それが私の仕事の基礎を作ったのだと、今日にいたるまで信じています。」

言葉もアートもつきつめると、一見シンプルだけど、その間に深い行間を感じるものになるのかもしれないな。

企画展「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have a企画展「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have a

この展示の僕の見方としては言葉を理解して、その合間に作品をみていくというところ。

僕はデザイナーではないので、仕事のプロセスについては「試行錯誤だけれど、随分ゴールに近いところからはじめるんだな」くらいにしか理解できてはいない。

で、このマニフェストの展示の裏側にあったのはこのグラフ。建築への“I Have an Idea”というものの成り立ちについてマインドマップが構成されている。アイディアのもとになるのは、「人」と「技術」。それぞれの項目を眺めわたしていくのだけど、これって他の分野においても同じことがいえるはず。

企画展「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have a

たとえば、インターネットのサービスは「人」と「技術」をかけあわせたアイディアのもとに成功するとか、料理は「人」と「技術」のかけあわせによって新しい進化を遂げていくとか。

逆に、この図式があわないのは・・恋愛関係とかかな。「技術」とか入ってこないでくれよって思ってしまう。というようなことを考えながらしばし眺める。このイベントって僕にとっては建築というよりも思想の形をみているような気がする。

片付けが苦手な僕にとって勇気がわいたのはこれ。新たな世界とは常に混沌のなかからうまれるものなのです。

「私は雑然としているのが好きなんです。落ち着くんです。オフィスも半分ほどのものを処分しなければとわかっていますが、この環境にはインスピレーションが沸くのです。」

フランク・ゲーリーが撮影してきた写真
フランク・ゲーリーが撮影してきた写真
家具もつくっている
家具もつくっている

フランク・ゲーリーの興味範囲の広さを感じたのはこれ。しわっていうか、襞(ひだ)の話をしているっぽいのだが、自分の興味の守備範囲って広いほうがいいよなって思っている。

「ベルニーニのしわとミケランジェロのしわの違いがわかるか?」

また、片付けの他にもうひとつ勇気がわくのはこれ。たとえばテスラを作ったイーロン・マスクも同じようなことをいっているけれど、突き詰めるとリスクって回避するものでも、対峙するものでもなくて、克服していくものなのだろうなってこと。手を動かし続けることにこそ価値がある。

私はどのプロジェクトも、まるではじめて手がけるもののように新たな不安を胸にして向かいます。汗をかきながら手をつけますが、いったいどこに向かっているのかがわからない。ただ、もし行き先がわかっているなら、そんなプロジェクトはやらないでしょう。

一番感動したフランク・ゲーリーのマニフェストは以下の一文。原文などはオフィシャルのサイトにもあります。この展示会に出会えたのは、僕の周りの変わり者たちのおかげだなあって思っている。

企画展「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have a

フランク・ゲーリーのマニフェスト

まずアイデアが浮かぶ。しょうもないけど気に入る。模型をつくって嫌いになるまで見続けて、それから違う模型をつくることで、最初のしょうもないアイデアを別の見方でみる。するとまた気に入る。でもその気持ちは続かない。部分的に大嫌いになって、再び違う模型をつくってみると、全然違うけど気に入る。眺めているうちに、すぐに嫌いになる。直しているうちに新しいアイデアが浮かんで、そっちの方が気に入るけど、また嫌いになる。でもまんざらでもない。
どうするか? そう、また模型をつくって、次から次へとつくる。模型を保管するだけでも膨大な費用がかかる。でもどんどん続ける。次から次へと進めるうちに、ほら見ろ、最高傑作だ。
輝かしく、安上がりで、今までに見たことがないものだ。だから誰も気に入らない。

悔しくて死にたくなる。ところが、神様がメッセンジャーを送り込んで皆に催眠術をかけるので、皆気に入る。そしてアイデアを盗もうとする。模型も盗んで行こうとする。頭脳や魂まで持って行こうとする。でも踏ん張って、絶対にくれてやらない。
やりたいのは、新しいアイデアを生むことだけ。たった一人で新しい模型をつくり続けたい。保管するのに膨大な金がかかるので、こんなことをしていると模型の倉庫代で破産する。
これは偉大な歴史。伝説でもあり本当のことなんだ。
この続きがどうなるかと言えば、皆が嫉妬し始める。嫉妬が彼らに努力するよう仕向けるならばいいけれど、大半は壊すためにがんばる。そこんとこが厄介。

出典およびイベントの詳細
フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea” at 21_21 DESIGN SIGHT

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